30ニート

30歳のニートがブログ

声だけで人を好きになるのは、二次元の恋に似ているかもしれない

声だけで人を好きになった。そんな経験はありますか? なんてドラマチックなのでしょう。スマホが、SNSが普及した現代では到底起こりえない事態、かもしれません。

 

かつてインターネット界に旋風を巻き起こしたYahoo!チャットは、顔も知らない赤の他人とテキストベースのチャットだけで繋がれる、今思うと信じられないようなツールでした。

 

Yahoo!チャットの空気感を見事に表したブログを見つけたので、貼っておきますね。

anond.hatelabo.jp

 

この記事を書かれた方は、「テキストサイト」というブログの原型となった(であろう)超絶最先端なホームページを開設しており、当時女子高生だったわたしは"対決"シリーズを読んではこんなに面白い人がこの日本にいたのかと感動しきりだったのですが、「いつかわたしも人気絶頂のインターネッターになりたい」とHTMLのテンプレートを探してはコピペし、スクロールバーの色を変え、背景画像を差し込み、インラインフレームを組み込み、と、あらゆる趣向を凝らしてホームページなるものを作成したまでは良かったものの、書いてあるテキストの内容は単なる日記、良く言っても雑記ブログ程度のものに留まっていたため、ファンどころかトップページに設置したアクセスカウンターは動かないまま時が経ってしまったのを嘆くでもなくただ眺めるほかなかったのです。

 

といった具合に、まぁ件の記事を書いた彼はわたしの中で神というか、憧れの先輩というか。

ほら、どこにでもいるじゃないですか、サッカーが上手くて生徒会長やっててイケメンの先輩と、それに憧れる平凡な新入生という組み合わせ。

黒髪ロングでスカートも膝丈でスレたところのない女の子。その子は先輩に憧れて眺めているうちに、初めて恋を知る。しかしアドレスを聞く勇気もないし、というか話しかけることすら無理、挨拶も無理、「先輩かっこいい〜!」と嬌声を上げる女子たちの群れに混じって眺めるので精一杯。そんなウブな女の子が恋の魔力にとうとう支配され、ついぞラブレターなんてものをしたためてしまい、しかし渡す勇気がなかったためにその恋文は学生カバンの奥底で眠ったまま。

……みたいな、少女漫画にありがちなストーリーって、あるじゃないですか。今の時代はいきなりキスされたり壁ドンされたりして「今日からお前は俺のものだ」とか言われて、反発してみたもののイケメンの眼力に負けて恋をしてしまうというのが通例のようですけど、少女漫画のことはさておき、当時のわたしはそんな憧れのテキストサイトの管理人さんにメールを送る勇気もなく、毎日毎日アクセスしては更新状況をチェックし、更新されれば一字一句漏らすまいと読み込み、ファンレターならぬファンメールを書こうと下書きするも送信ボタンを押すことなくメールを削除する。そんな、いたいけな女子高生だったのです。

 

Yahoo!チャットの話に戻りましょう。紹介した記事ではアダルトでしたが、「10代」という部屋は、わたしの青春そのものです。時折、「20代」に出入りして出会いを求める男性たちの群れを眺め、PM(一対一のメッセージ)の「何歳?」「女の子?」という質問を無視し、「デートしない?」といった出会い目的のメッセージが来れば面白おかしく晒して遊ぶという下らない遊びをしてましたが。

ある程度、毎日同じ時間にログインしていると、同じ顔ぶれが並ぶようになるんですよね。顔ぶれ、と言っても英数字の組み合わせでできたIDですけどね。仲間意識が芽生えて、普通の友達と話すみたいに「今日こんなことがあってさー」と話すのが当たり前になってくるのです。

 

こうなると、今度はテンポよく会話するために、ボイス機能を使い始めます。大体は声に自身のある男性が会話をリードし、それにレスポンスする形でテキストの発言が続いていく、というスタイル。まるで電話のように話せる。電話番号を教えなくてもいいし、親に払ってもらっている携帯料金にも響かない。そして仲良しグループを作れば、少数でグループ通話ができる。画期的でした。

 

わたしは同年代の人3〜4人とグループで話すことが多かったのですが、ある時、そのなかでも年長……といっても22〜23歳の男性が、こう言ったのです。

「俺、あの子のこと好きになったかも」

その子は、抜群に可愛い声をしており、テキストでも同じ文字なのになぜか可愛らしく見えてしまう口調で、なのに媚びた印象のない「素晴らしくイイコ」。声が可愛いから話してほしいのに、ボイスしてよ〜というと「恥ずかしい」とか言うから、これまた可愛いんですよね。もちろんグループ内でもアイドル的な立ち位置であり、女子校に通っているという情報がさらに魅力を引き立て、また本人の話す内容からも男の影がまったくなかった。イメージだと、昔の堀北真希とか、有村架純とか、可憐で儚げな美少女だったんですよね。まさか、彼女に目をつける輩がいたとは……と全員が唖然としつつ、惚れるのも時間の問題だと納得し、口々にこう言ったのです。「応援する」と。

 

当時のチャットやハピタン、ちょっと前だとアメーバピグですかね。そういったノリがわかる人なら理解できると思いますが、「チャ彼」というものが存在していました。通称「チャカレ」「チャカノ」、チャット上での恋人のことを差します。簡単に言えば、おままごとです。お互いがログインした瞬間に恋人となり、ログアウトすればそれぞれの日常に戻っていく……儚いけれど、オンラインで繋がってさえいれば寂しくない……そんなお遊びをしたくなったのか。そう思い、彼に尋ねました。「どこが好きなの?」

そうしたら、出るわ出るわ。もう付き合ってんじゃねーの?というほど、彼女のどんなところが魅力か、どれほどに好きか、関西と関東という遠距離にも関わらず「飛んで会いに行きたい」という勢いで彼女のノロケ? が繰り出されるのです。あぁ、こりゃ、ダメだ。そう思いました。ベタ惚れしているのです。結婚を申し込みかねないのです。チャ彼どころではなく、本気で彼女にアタックしようとしているのです。

 

結果は、彼は(ネット上での)お付き合いに成功しました。一度くらいは会ったんだと思います。でも、彼女はリアルで可愛かった。声や性格だけでなく、顔も良かったのです。彼女が大学に進学してからその彼はフラれたらしい、と風の噂で聞きました。やはり、そんなものですね。

 

声だけでベタ惚れする。それは、本当に不思議なことです。電話は自分に似た声を生成して相手に届けている、という豆知識がありますが、つまり電波に恋してるんじゃないの? と思ってしまうのも仕方ないですよね。声に惚れるって、表情や体温や些細な癖といった目で見て受け取る情報を一切無視して恋をする、ってことになる。それはもう、出来上がった何らかのキャラクターに恋をしているのと、大差ないようにも思えるのです。二次元の恋と、声だけの恋。儚さでいえば、同じ程度に思えるのです。

 

おわり

わたしは電話とメールでやりとりすることの多い仕事をしたとき、ファンレター的なメールをもらったことがあります。たぶん、メール1通に2000文字くらい詰め込まれていました。「どれだけわたしのことを想っているか」や、「声から察するに、強がってみせているけど、本当は無理をして笑顔になっているんじゃないかと思うと、心配でたまりません」といった内容で、本当に鳥肌が立ちました。そんな大人がいることに戦慄し、そして会社名もフルネームも知られている相手に執着されている事態に恐怖しました。あくまで事務的に対応して事なきを得ましたが。

ひとは、電波に恋することができる。そんなロマンチックも、度を過ぎればホラーと紙一重ですね。