30ニート

30歳のニートがブログ

転機はいつも唐突に訪れる

ブログタイトルにもあるように、30にしてニートになったわたし。大学生のころからアルバイトを始め、気付けば10年も「働く生活」をしていたのに、ぽっかり穴があいたような気分になってしまった。

やりたいことは? と聞かれれば、たくさんあった。無謀なものも含めていいのなら、それこそ漫画家とか、小説家とか、子どもじみた夢もあった。でも、そういうのでは食っていけないことは頭でわかっていたから、現実的な目標が必要だった。

思い返すと、これまでの仕事を辞めた理由は、ふたつしかなかった。「もっと学びたい」か、「この人とは合わない」か、のどちらか。つまり学べる環境で、合わない人がいないのであれば、どこでも働き続けることはできたはずだ。
となると、やっぱり将来設計が必要になってくる。適当に決めてしまえば、心のどこかで妥協したり自分を卑下したり周囲を見下したり、とにかくマイナスの力が働いてしまう。それは時間がもったいない。もう30なのだから。


身近な人に、あらためて自分のことを聞いた。

もう30なのだから、という心持ちを引きずりすぎると、自分の話をするのが恥ずかしくなってくる。友達にニートだって話したら、変な目で見られないかな? 怠けてると思われないだろうか? と、不安にもなってくる。

でも、自分のことは、自分だけじゃわからない。いわゆる就活本の中では、自己分析をするときは親や友達と話しましょう、なんて書かれているくらいだし、30だろうが40だろうが、いつになっても自分というのは近すぎて見えづらいものに違いない。

そんなとき偶然、20年来の付き合いになる友達から連絡がきた。久しぶりにご飯でも行こう! との誘いに乗ると、なにやら婚活が順調に進んでいないらしい。お悩み披露の波に乗って、じつはニートしてるんだけど次はどんな仕事がいいかなぁ、と話してみることにした。そうすると彼女は、驚くことに「なんでもできるから、逆に候補が絞りづらいねぇ」と返してきたのだった。

なんでもできる。自分のことを、そんな風に思っていなかった。むしろ彼女のほうが「何をやらせてもソツなくこなすタイプ」だと思っていたから、その場ではハハハと笑って流してしまった。

帰ってから同居人にその話をすると、意外にも彼は、彼女の発言に賛同した。
「器用ではないけど、何事も一生懸命に取り組むから、きっとなんでもできるよ」

そういうことか、と思った。

昔から、成績が悪いほうだった。高校生のときも、大好きだった世界史のテストで平均点すらとれなかった。他の子よりもノートをしっかり取ったり、復習の時間を多めに取らないと、テストの点に結びつかなかった。だから、好きな教科は人一倍勉強して、なんとか平均点以上がとれるようにがんばった。

同じように、大学生になってからも、苦手な簿記は「日商簿記2級を取る」と目標を決めて、2年がかりで勉強した。社会に出てからは、Excelが苦手すぎて仕事が進まなかったから、MOSの勉強をして地を固めた。

同じことだ。仕事もきっと、一生懸命にやれば、なんでもできる気がしてきた。


そして転機は唐突に訪れる。

かつての職場で一緒に働いていたWebディレクターの人から、お茶でもしましょう、と連絡が入った。あまり得意な人ではないけれど、悪い人ではないし、と誘いに乗った。

そのときに、「Web系の仕事いいなぁと思ってて」と漏らしていたら、なんと、その人の友人がアルバイトを募集しているとのこと。しかも、未経験からプログラマーに育ててくれるのだそう。これは、なんという幸運だろう。齢30、新たな挑戦ができる機会に恵まれた。

面接に行き、とんとん拍子で採用され、いまはプログラマーを目指して勉強の日々を送っている。もう簡単なプログラムなら書けるし、勉強するのはお茶の子さいさい、何にもないところからのスタートには慣れたものだ。


おわり

転機はこんな風に、いつだって唐突だ。掴めば転機、掴まなければ道端の石ころと変わらないのだろう。